パセラ メキシコ観光 株式会社 メキシコ観光
パセラ ホーム
>連載・UNAM田中先生のメキシコ講座 > メリダの謎、ベルサイユ風宮殿 ここにあり!
パセラ コンテンツ
テーマで探す
  世界遺産の旅  
  ロマンチック・コロニアル都市  
  隠れ家ホテルで癒しの休日  
  スペイン語を学ぶ  
  メキシコでダイビング  
  ウェディング&ハネムーン  
  キューバでサルサ・レッスン  
  お祭りを見に行こう  
  さらなるテーマはこちら  
イベント・ツアー情報
  パセラのお勧め企画  
  モデルコース集  
行きたい場所から探す
メキシコ
  キューバ  
  グァテマラ  
  ホンジュラス  
  エルサルバドル  
  コスタリカ  
  パナマ  
  ドミニカ共和国  
  ベリーズ  
メキシコ観光について
  サイトマップ  
  会社概要  
  お問い合わせ  
AMIGOS-アミーゴーズ-
  リンク集  
  日本でメキシコを味わう!  
  採用情報  
  海外現地情報-よもやま話-  
  メールマガジン  
UNAM田中先生のメキシコ講座
COMO ESTA MEXICO

メキシコ 時刻
MEXICO
キューバ 時刻
CUBA
日本 時刻
JAPAN


 
1. ユカタン半島に移動するマングローブの林あり 2. メリダの謎、ベルサイユ風宮殿 ここにあり!
3.地球の聖地、モナルカ蝶のミチョアカン 4.メキシコ市内観光とテオティワカン
5.タイルの家の物語その1、その2 6.タイルの家の物語その3、その4
5.タイルの家の物語その5、その6 6.タイルの家の物語 最終章
9. カリブを変えた砂糖、コーヒー、紅茶
 

メリダの町の真ん中を「MONTEJO大通り」が横切っている。道幅広く、歩道も広々しているので、スペイン語を聞かなければ、パリのシャンゼリゼ通りと錯覚しそうである。「オーシャンゼリゼ、オーシャンゼリゼ・・・」と歌い出したくなるのは、私の歌才か(ソレハ、ナイネ!)、それとも周囲の環境か?(ソノヨウデス)。実は、この大通りはシャンソンの似合うフランス風豪邸の立ち並ぶメリダ版シャンゼリゼ通りなのでした。メキシコ市では見たこともない豪邸、というより宮殿がメリダの大通りに立ち並ぶ様子は、謎めいていて、「どうして、こうなったの?」と追求したくなるではありませんか。

メリダにフランス風豪邸が出現した謎は、三つのキーワードで解けると言う。それは、「マゲイ、ロープ、産業革命」だそうである。この三つのキーワードでメリダ宮殿の謎解きが出来た方は天才である。私にはチンプンカンプン、ヒントにもならないキーワードでありました。残された道は、体力、短足歩行、言語行動、厚顔無恥で体当たりするしかない、と決意を固め、ホテルのフロント、ツアーガイドに「どうしてメリダに宮殿があるの?」と聞きまくったのでした。

まず、キーワード「マゲイ、ロープ」の謎を解くには、今もマゲイを栽培している農園があり、観光ツアーで行けるので、そこで現地調査するが良い、と商魂たくましいガイドの進言で、ツアー参加となりました。メリダ市からバスで2時間、メリダの奥地に到着。しかし、目指すマゲイ農園の姿はどこにもない!目に写るのは中世の城壁のような、どこまでも、どこまでも続く壁。その正門をくぐり中に入ると、マゲイどころか、またもメリダ風宮殿登場。農園尋ねて宮殿に再会。これでは、話が違う!マゲイは何処?とガイドに詰め寄ると、ここは、100年ほど前まで、農園ではなく、荘園であったそうな。その違いは、農園は会社、荘園は領地で、領主が現地のマヤ人を農奴、つまり奴隷として使い、マゲイ栽培をさせていたそうである。正門入り口の宮殿は、領主の現場視察用仮の住まいで、本宅はメリダ市で見た大宮殿であると言う。

本命のマゲイ畑は、この仮宮殿の裏にあると案内されて、行ってみると、畑などと言う生易しいものではなく、見渡す限り、無限に広がるマゲイ、マゲイ、マゲイだけの領地が広がっていたのでした。そこに農奴の小さなマヤの家が点在していて、その一軒から、マヤのお爺さんが手を振っていた。彼の家族は代々そこで働き、彼は今も昔ながらのマゲイ栽培をしているそうで、マヤ語を交えて、仕事振りを実演してくれた。お爺さんの説明のお陰で、マゲイは、成長するまで7年かかり、成長したマゲイの下葉を数枚切り取って、果肉をとり除き、マゲイの繊維を取り出し、それを束ねてロープにする、ということが解った。

今では、観光スポットとなったこの荘園も、お爺さんの親の代までは、領地を囲む城壁から逃げ出せない農奴の生活を送っていた、という。その時代、マゲイは「緑の金(ORO VERDE)」と呼ばれ、巨額の富を生み、無数の宮殿を造らせた。なぜなら、マゲイ製ロープは、当時の産業にとって必要不可欠、これまでの綿製ロープに取って替わる、丈夫で長持ちロープだったからである。

ロープで億万長者になれたのは、産業革命のお陰である。産業革命で生産量が倍増、海上輸送船が帆船から大型蒸気船、大量生産の商品をこの大型船に載せて、アメリカ・ヨーロッパ間を海上輸送。今ならコンテナーで商品を運べるが、当時はロープで縛るしか方法がなかったし、船には何かとロープが必要らしく、1880年には世界のロープの90%がメリダ産マゲイ・ロープであったという。「ロープを造って、宮殿を建てよう!エイ!エイ!オー!」と荘園領主が叫んだ、という記録はないが、きっと心の中で雄たけびを上げたに違いない。

しかし、諸行無常、栄枯盛衰、ロープ薄命、宮殿中止、は第一次大戦頃にやってきた。それは、メリダにばかり儲けさせる事はないと、列強国が自分の植民地でメリダの気候に似た所(マダガスカル、フィリピンなど)で、マゲイ栽培を始めたからである。その上、間もなくナイロンが発明されて、マゲイ・ロープの売れ行きは激減し、宮殿建築も夢と消え去った。 メリダの宮殿がフランス風なのは、1880年からメキシコ革命1910年まで、メキシコは当時の大統領ポルフィリオがフランスかぶれで、フランス文化の影響があったかららしい。

 
●個人情報のお取扱について
 
サイトマップ / 会社概要 / お問い合わせ・東京
Copyright (C) 2004 MEXICO KANKO. All Rights Reserved.