パセラ メキシコ観光 株式会社 メキシコ観光
パセラ ホーム
> 連載・UNAM田中先生のメキシコ講座 > カリブ海 その1
パセラ コンテンツ
テーマで探す
  世界遺産の旅  
  ロマンチック・コロニアル都市  
  隠れ家ホテルで癒しの休日  
  スペイン語を学ぶ  
  メキシコでダイビング  
  ウェディング&ハネムーン  
  キューバでサルサ・レッスン  
  お祭りを見に行こう  
  さらなるテーマはこちら  
イベント・ツアー情報
  パセラのお勧め企画  
  モデルコース集  
行きたい場所から探す
メキシコ
  キューバ  
  グァテマラ  
  ホンジュラス  
  エルサルバドル  
  コスタリカ  
  パナマ  
  ドミニカ共和国  
  ベリーズ  
メキシコ観光について
  サイトマップ  
  会社概要  
  お問い合わせ  
AMIGOS-アミーゴーズ-
  リンク集  
  日本でメキシコを味わう!  
  採用情報  
  海外現地情報-よもやま話-  
  メールマガジン  
UNAM田中先生のメキシコ講座
COMO ESTA MEXICO

メキシコ 時刻
MEXICO
キューバ 時刻
CUBA
日本 時刻
JAPAN


 
1. ユカタン半島に移動するマングローブの林あり 2. メリダの謎、ベルサイユ風宮殿 ここにあり!
3.地球の聖地、モナルカ蝶のミチョアカン 4.メキシコ市内観光とテオティワカン
5.タイルの家の物語その1、その2 6.タイルの家の物語その3、その4
5.タイルの家の物語その5、その6 6.タイルの家の物語 最終章
 

カリブ海 その1

「豪華客船クルージング」と言うものは、私のような庶民のするものではない、と長年思っていたが、映画「タイタニック」を見てからは、「一度は乗りたい豪華客船クルージング」が私の標語になっていた。

バケーションが近づく度に、主人に「豪華客船クルージング」を連呼したが、主人は「子供のころから、揺れるものは、ブランコでも目まいをおこすし、公園のボートに乗ったのが、唯一の船上体験であるが、実によく揺れたし、その上水泳不能なので、まだ死にたくない!!!」と拒絶するのであった。

「タイタニック号」の大惨事は確かだが、それ以来約100年、クルージングの「豪華客船」が沈没した話は聞いたことがないし、何故、船と言えば、「公園のボート」なのか、誰が「豪華客船」の外、つまり、海で泳いでくれ、と頼んだか、などなど、家庭内国会答弁を行ったが、答弁中に切れた私は、「もう、いい!私一人で行く!」と啖呵を切って、「豪華客船クルージング」の準備を本気で始めた。

まず、初めての「クルージング」なので、今住んでいるメキシコから近いマイアミ出船の「カリブ海クルージング」、時は春のセマナ・サンタ(イースター・バケーション)、毎晩のディナーの為のロング・ドレスも用意して、気分は、もう、映画「タイタニック」の女性主人公・ローズ!。違うのは、顔立ち、体型、年齢、言語、国籍だけで、後は全部同じなのだ!(どこが、同じだ!?全部違うのではないか!)。

そして、彼女のように、船首に立って、大きく手を広げ、潮騒を全身に浴び、映画「タイタニック」のテーマソングを熱唱してやるのだ!

この私案を聞いた主人は、慌てふためき、日本のラジオ体操のまねを、カリブの海でしてくれるな、「クルージング」は「NHKのど自慢」ではない、と言うのだ。しかし、私の決意の固さを感じ取ったのか、妻の狂行を防止すべく、娘同伴の決死の同船となった。

しかし、マイアミの波止場に着いたとたん、私の「タイタニック」の女性主人公・ローズ変身願望も、主人の死の船酔い恐怖も、全て吹っ飛んだ。なにしろ、「カリブ海クルージング」船は、船首がどこかも解からず、揺れることさえ不可能な超高層ビルの巨大客船であった。船客数、約3000人、乗務員約1300人、合計で約4300人、船客部屋数、約1000室、その内訳は、窓なしの甲板より下の船客部屋が地下1階から4階、甲板から上の階が13階、そこには、朝食、昼食、24時間営業のレストラン、ディナー用の高級レストラン、コーヒーショップ、ピアノ・バー、カジノ、ディスコ、ゲームセンター、ショッピングモール、宝石店、プール、ジャクシ、サウナ、スポーツジム、ビューティサロン、図書室、画廊、大劇場、などなど、つまりは、「カリブ海クルージング」船は海上に浮かぶ超巨大ホテル・ショッピングモール・大劇場なのであった。その階を10台近いエレベーターが往復していた。

驚いたことに、これ全て無料、というか、「クルージング」料金に含まれていて、24時間、飲み放題、食べ放題、やりたい放題なのである。感動したのは、料理の質の良さ、新鮮さ、メニューが豊富で、地中海料理から、日本、中国、イタリア、アラビア料理などなどが、日替わりで、レストラン狭しと並び、どんなに少しずつ食べても、全料理を制覇するのは不可能であった。特にすばらしかったのは、ディナーで、超高級レストランでしか、お目にかかれないようなメニューが、毎晩用意されるのだ。特にすばらしかったのは、海の幸で、私はこの時とばかり、ロブスター、海老、蟹、貝料理を食べまくった。

「クルージング」のディナーは、正装と聞いていたので、一応、女性の私は、安物ながら、ロング・ドレスを用意したが、主人は生きて帰る事だけに気持ちを集中していたため、背広どころか、ネクタイさえ忘れてしまい、「ディナーに入れないなら、甲板でタコスを食べる!!」とふてくされていたが、行ってみると、服装マチマチ、つまりは、短パン、スリッパ、ステテコ、腹巻、でなければ、どんな格好でも良かったのであった。これで目出度く、毎晩ディナーにありつけ、その後は、大劇場でビック・ショウの観劇である。これが、宝塚歌劇か、はたまた、ニューヨークのショウ、それとも、パリのリドのショウと見まがうばかりの豪華さで、船内のショウとは信じがたいレベルであった。

これだけ、毎日毎晩、食べまくれば、体重増加は避けがたきこと、と思いきや、何と!チョッと痩せて下船したのだった。それは、私たちの船室が窓のない下階であったため、どの階も良く似ていて、いつも迷子になり、長い長い廊下を我が船室求めて歩いたせいか、毎日ジャクシで泡風呂に入った為か、それとも、ショッピングモール、宝石店のバーゲン・セール探求歩行、ではないか、と思っている。何しろ、クルージング船内は無税のフリー・マーケットなので、高級ブランド品が数千円で売っているのである。しかし、こうも安いと、高級ブランド品のありがたみがなくなり、結局買わずに下船してしまった。

一方、生きて帰る事だけを楽しみに同船した夫は、まったく揺れない船に大喜びで、甲板で毎日読書と昼寝、船室でも読書と昼寝を繰り返していた。一番安い船室であったが、素晴らしくきれいで、かなり広かった。驚いたことには、各船室に救命用具があり、乗船するとすぐ、その救命ベストを着けて、甲板に出るようにと、放送があった。3000人近い船客が全員、オレンジ色の救命ベストを着けて、甲板へ大集合、万が一の沈没に備えて、自分の乗るべき救命ボートの前に立ち、相乗りの客を確認し合ったのであった。この予行練習は、どのクルージング船でも義務づけられているようで、「タイタニック号」の大惨事からの教訓であったらしい。これで、主人のカリブ海水泳の危機も解消し、あとは、のんびりと甲板から海を眺め、航路にある島々に到着するのを待つばかりである。

その島々とは、プエルトリコ、サント・トーマス島、サント・マーチン島で、どの島も1493年11月にコロンブスによって、インドと間違われて、<発見?>された島々である。今ではクルージング観光の島であるが、一昔は、カリブの海賊のホームタウン、次にアフリカ奴隷のマーケットであったそうな。その為か、島で見た光景は、信じがたいものがあった。(この続きは、次の機会にゆずります。)

その2へ、続く

●個人情報のお取扱について
 
サイトマップ / 会社概要 / お問い合わせ・東京
Copyright (C) 2004 MEXICO KANKO. All Rights Reserved.