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3.地球の聖地、モナルカ蝶のミチョアカン 4.メキシコ市内観光とテオティワカン
5.タイルの家の物語その1、その2 6.タイルの家の物語その3、その4
5.タイルの家の物語その5、その6 6.タイルの家の物語 最終章
 

カリブ海 その5

【 〜その6〜 】

マイアミ港を出航して、数時間、いよいよ、この「クルーズ」の目玉、華麗なるディナーの時間が迫った。「クルーズはディナーがスゴイ!それだけでも行く価値が在る」と聞いていたので、ワクワクして会場へ、イザ!出陣!映画「タイタニック」のディナーシーンに引けをとらない豪華な会場でありました。テーブルセット、食器、スプーン、フォークも超一流。料理が、またまた超一流。これ全て「クルーズ」料金込み。普段のように、メニューの料金をシミジミ、穴の開くほど眺めなくてもイイノダ!ただ、メニューの中から、前菜、スープ、料理、デザートを選べば良いのである。ホッとした優雅な気分で夕食。「オカワリ!」と言いそうになったが、本来慎み深い性格が邪魔をして、チャンスを逃がしたのが悔やまれる。日本で華麗なるディナー体験はないが、これ以上のディナーがあるのか、疑問である。

このディナー会場は「タイタニック」のシーンと見まがうばかりだが、登場人物が違っていた。「タイタニック」はハイソサイアティーの面々、私の「クルーズ」はタダの観光客。気軽さが売り物である。会場には10人用丸テーブルが無数に用意されていて、全てに番号が付いていた。会場の入り口で名前を言うと、テーブル番号を教えられた。私たちのテーブルへ行ってビックリ!10人全員がスペイン語を話すのだ。実は、これは「クルーズ」の習慣で、同じ言語の人がテーブルを囲めるようにセットしたらしい。この組み合わせは、「クルーズ」中、変化なしだそうである。

愉しかったのは、スペイン語圏の広さから、メキシコ、キューバ、コスタリカなどなど、ラテンアメリカ総出演で、身元調査に花が咲いた。驚いた事に、我が家を除き全員がアメリカに住んでいて、アメリカ国籍を持っていることだった。自国から、さまざまな事情でアメリカに渡り、今は余裕ある生活を送っているようである。さて、アッ言う間に、デザート、コーヒーとなり、ボーして来た私の耳に、男性ボーカルの力強い歌声が聞こえてきた。タキシード姿の男性コーラスが始まったのだ。まあ、その見事な事!さすが、世界のプロは違うなー、としげしげとメンバーの顔を見て、アリャ?と思った。何と!我がテーブルのウエイターさん達ではないか。それが、男性コーラスの方が本業ではないか、と思われるほど凛々しく、完璧なプロ合唱であった。サービスに命をかける「クルーズ」だけあって、ウエイター業もそれだけでは駄目で、プロ並み隠し芸を要求されるらしい。

こんな楽しいディナー体験ができるのも、約500年前の1492年、コロンブス様が誤解してカリブ海に到着したお陰である。それにしても、人類未踏の大海原へ、羅針盤片手に飛び出したコロンブスは、常人とは思えない。彼のような全身情熱、好奇心男性を生んだ背景は何だったのだろうか。それは、オスマン・トルコである。

オスマン・トルコは1453年に、約1000年続いたキリスト教東ローマ帝国、つまり、ビザンツ帝国を滅ぼした。かつてキリスト教圏であった地中海のギリシャから、トルコ、エジプトまでが、イスラム勢力支配圏になってしまったのである。

困ったのは肉食中心のヨーロッパである。それは、500年前は冷凍庫がなかったので、肉の保存、臭み消しにスパイス、特にクローブが必要であった。ところが、このクローブは暑いインドネシアのモルッカ諸島でしか取れない代物で、インド商人が買い付けに行き、それをアラビア商人が征服前のビザンツ帝国に運び、それをイタリア、ジェノバとベニスの商人がヨーロッパに売って大儲けをしていた。原産地ではタダ同然のクローブはヨーロッパでは、銀と同じ値段に跳ね上がっていた、という。ポルトガル、スペインもそれを買っていた。ところが、キリスト教ビザンツ帝国崩壊で、ジェノバとベニスの商人はイスラムのオスマン・トルコからスパイスを買うはめになり、高く売りつけられるし、納品は不定期で、商売は下火になっていった。

完全に頭にきたのは、ポルトガルである。自分でインドまで買出しに行く事にしたが、当時はスエズ運河がまだ出来ていなっかたので、人類未踏のアフリカ南端をぐるっと回り、アラビア半島を通過して、インドへ到着。「母を訪ねて三千里」も遠く及ばぬ危険な長旅を決行、成功させた。

スペインも、ポルトガルに負けてたまるか、と気は焦れども、国土はオスマン・トルコとは別のイスラム勢力に約700年も支配されていて、それをスペイン南部のグラナダ、アルハンブラ宮殿からアフリカに追い出すところであって、コロンブスの勧める航海など無理な状態であった。1492年にこの国土回復戦に大勝利、そこへコロンブスが地球球体説トスカリネリの地図を持って、再登場。「金の島、ジパング」最短西回り航海計画をスペイン、イサベラ女王に熱っぽく語ったに違いない。歴史のうねりは、時として情熱の天才を生み、新たな人間史を始めさせるようだ。

その7へ、続く

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