パセラ メキシコ観光 株式会社 メキシコ観光
パセラ ホーム
> 連載・UNAM田中先生のメキシコ講座 > カリブ海 その8
パセラ コンテンツ
テーマで探す
  世界遺産の旅  
  ロマンチック・コロニアル都市  
  隠れ家ホテルで癒しの休日  
  スペイン語を学ぶ  
  メキシコでダイビング  
  ウェディング&ハネムーン  
  キューバでサルサ・レッスン  
  お祭りを見に行こう  
  さらなるテーマはこちら  
イベント・ツアー情報
  パセラのお勧め企画  
  モデルコース集  
行きたい場所から探す
メキシコ
  キューバ  
  グァテマラ  
  ホンジュラス  
  エルサルバドル  
  コスタリカ  
  パナマ  
  ドミニカ共和国  
  ベリーズ  
メキシコ観光について
  サイトマップ  
  会社概要  
  お問い合わせ  
AMIGOS-アミーゴーズ-
  リンク集  
  日本でメキシコを味わう!  
  採用情報  
  海外現地情報-よもやま話-  
  メールマガジン  
UNAM田中先生のメキシコ講座
COMO ESTA MEXICO

メキシコ 時刻
MEXICO
キューバ 時刻
CUBA
日本 時刻
JAPAN


 
1. ユカタン半島に移動するマングローブの林あり 2. メリダの謎、ベルサイユ風宮殿 ここにあり!
3.地球の聖地、モナルカ蝶のミチョアカン 4.メキシコ市内観光とテオティワカン
5.タイルの家の物語その1、その2 6.タイルの家の物語その3、その4
5.タイルの家の物語その5、その6 6.タイルの家の物語 最終章
 

カリブ海 その5

【 〜その8〜 】

我が家の「カリブ海クルーズ」は4月のセマナ・サンタだったので、それほど暑くもなく、ジャクシに入りながらカリブ海を眺める気分は極楽浄土!お湯に入りすぎて、のぼせたまま本当に成仏しそうになったくらいである。それも無理はない、なにしろカリブは海上の楽園なのだから!・・と思うのはカリブ素人の見解である。見た目の穏やかさに惑わされて、カリブ海の秘めた恐怖実話を忘れてはいけないのである。今ではクルーズ観光で賑わうこの海は、3世紀前まではる略奪、強奪、殺戮、などが日常に繰り返される所で、「海上の楽園」どころか、「血の海カリブ」であったのだ。

事の起こりは約500年前の1492年にコロンブスがこの海にたどり着いた時に始まった。金銀豊かなこの地域は、スペインからのゴールド・ラッシュを呼び、金鉱、銀鉱が次々に発見された。1521年にはエルナン・コルテスが現在のメキシコ市中心部にあったアステカ帝国を征服、その後、メキシコ市北部のサカテカ、グアナファト銀山も発見され、ペルーのポトシ銀山から採掘した銀も合わせて、本国スペインへの輸送が始まった。当時のスペインは「日の沈むことがない」と言われるほど、世界中に植民地を持つ大帝国であり、カリブ、メキシコ、ペルー植民地からの金銀が、益々スペイン帝国を栄えさせていった。

この金銀のほとんどは、船団を組んだ船に運ばれ、その周りを護衛船に囲まれて本国スペインを目差したが、ペルーからアカプルコ、そこからフィリピンのマニラにも輸送され、中国の絹など、東洋の物品を買い付けてアカプルコへ戻っていく航路もあった。この船団を「ガレオン船」と呼んでいる。この「ガレオン船」貿易による日本の品々、日本刀、能面などが、メキシコ市北方のテポツトラン村の、現在は副王博物館になっているカレドラルに展示されている。5世紀も前の日本産品にテポツトラン村で対面すると、歴史の軸を巻き戻された観がして、ボーと眩暈を感じるほどである。

「ガレオン船」は島も何もない太平洋を通過するので、航海そのものが命懸けであったが、カリブ海通過の航路は、島が無数にあり、海は穏やかであったが、そこに住む人間が危険で、太平洋航路とは比較にならない超危険航路であった。なぜなら、そこは海賊の本拠地、海賊銀座であったのだ。海賊は海上強盗であるのだから、強盗する物がなければ、当然、存在しない。狙いは勿論、スペイン「財宝船団」である。海賊側は、当時の成り上がり国家のイギリス、フランス、オランダである。どうりで、映画「カリブの海賊」にはヨーロッパ系白人ばかり登場するはずである。「カリブの海賊」はヨーロッパの歴史の一部だったのだ。

しかし、「カリブの海賊」には出身別にランキングがあったようだ。御当地零細企業型海賊は「バッカニーア」と呼ばれ、カリブ地域に住み着いたフランス人、イギリス人、オランダ人、それに、そこの原住民などで、スペインによりその地域から追い出されたもの、本国からの逃亡者、失業者、元々泥棒、単なる荒くれ者、などの集合体であった。彼らは、ハイチの北の「トルトゥーガ島(亀島)」を本拠地にして、そこを通過する「スペイン財宝船団」を襲ったそうだ。本拠地の名前は「トルトゥーガ島(亀島)」で、日本昔話「浦島太郎」を連想させるが、「恩返し」とは程遠い存在であった。この「バッカニーア」の名前の由来は、この地方の原住民の日干し肉(buccaning)を航海食として利用していたので、「バッカニーア(英Buccaneer,西Bucanero)」と呼ばれた、と言う説がある。

さて、ランキング上位は、やはりイギリス人が独占している。前号で、イギリスの誇る、海賊ドレークの話をしたが、彼はエリザベス一世女王から、その立派な海賊行為を褒め称えられて、爵位を賜り、サー・ドレイクと成った人物である。だが、しかし、海賊が爵位を賜ったぐらいで驚いてはいけない。何と!ジャマイカ島の代理総督にまでのし上がった元海賊がいるのである。その名はヘンリー・モーガン(Henry Morgan、1635年―1688年)。彼の劇的な生涯は多くの人を感動させ、あのノーベル賞作家、ジョン・スタインベックも1929年、海賊ヘンリー・モーガンをテーマにした「黄金の杯」で作家デビュー。後に「怒りの葡萄」でピューリツァー賞、ついで「エデンの東」を発表、その5年後に、映画化され、主演のジェームズ・ディーンの名演技と若死で、不朽の名作となった小説である。どんな仕事でも命懸けでやれば、人は感動してくれる。だいたい海賊業は、始めから命懸けなのだ。海賊ヘンリー・モーガンがジョン・スタインベックを感動させ、作家デビューさせたお陰で、「エデンの東」のジェームズ・ディーンに会えたのだから、廻り合わせの不思議さに驚くばかりである。

その9へ、続く

●個人情報のお取扱について
 
サイトマップ / 会社概要 / お問い合わせ・東京
Copyright (C) 2004 MEXICO KANKO. All Rights Reserved.