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3.地球の聖地、モナルカ蝶のミチョアカン 4.メキシコ市内観光とテオティワカン
5.タイルの家の物語その1、その2 6.タイルの家の物語その3、その4
5.タイルの家の物語その5、その6 6.タイルの家の物語 最終章
 

カリブ海 その5

【 〜その9〜 】

我が家の「クルーズ」は、プエルト・リコ、サント・トーマス島、サン・マーティン島を訪ねる「カリブ海の島巡りコース」であった。どの島も小島ながら、最近の「クルーズ」ブームで、巨大船が小さな港にぎっしりと泊まっている。その港の海底には400年前に活躍?した海賊が眠っているはずだから、この観光船を見上げて、『最近の海賊船は立派になったものだ』と感動しているに違いない。まさか、かつて海賊の海「血のカリブ」が観光化しているとは、絶対に信じない、と思うのである。
このカリブ海の英雄は、何と言っても、前号で紹介したドレイクである。彼はエリザベス一世女王から、高い海賊業績?を認められ、爵位を賜り、サー・ドレイクとなったのである。だが、しかし、海賊というと、何かロマンの香りがして、かっこ良く思えるが、やっていることは泥棒である。泥棒は普通、陸上で行われるが、それが海上になると、海賊と名義変更するだけで、泥棒であることに変わりはない。泥棒が悪い事であるのは、400年前も同じである。それなのに、エリザベス一世女王はドレイクに爵位を与え、貴族の仲間入りをさせたのである。正気の沙汰とは、とても思えない。「女王閣下!御乱心!」あそばされたのか!?はたまた、ドレイクに惚れたのか?

実は、そのどちらでもないのである。彼女は冷静にイギリスの希望的将来像と現実を分析していた。その当時のイギリスは後進国、ヨーロッパの偏狭小国で、収入源は羊毛・毛織物ぐらいであった。ところが、一方のスペインは、植民地メキシコ、ペルーの金銀で世界一の超大国にのし上がり、また、この資金で「無敵艦隊」という世界最強海軍も整えた。このままでは、大国スペイン、田舎小国イギリスが決定してしまうではないか。エリザベス一世は「ワタシ、そんなの、イヤー!」と心の中で叫んだことだろう。

しかし、彼女には金銀を産出する植民地はないのである。そこで、植民地なくして金銀を手に入れるには、どうしたら良いのか?と思案した末に、「スペイン銀船から、盗めば良いんだわ!」という妙案を思い付いたのだった。彼女は天才である。そこで、お国の為に、海上泥棒、つまり、スペイン船に対し、海賊をする者には、「私掠許可」という犯罪許可証を与え、時には海賊船まで用意してあげたらしい。その代わり、略奪した金銀は彼女と折半という事にした。その額は、当時のイギリス国家収入全体をしのぐほどであった、と言う。どうりで、海賊ドレイクに爵位を授け、貴族に昇格した訳である。頭にきたのは、スペインである。例の世界最強海軍「無敵艦隊」で、イギリスを一気に潰す攻撃に出た。これを迎え撃ったのはサー・ドレイクの、熟練した海賊奇襲作戦であった。驚いた事に、勝利したのは海賊側であった。これを境に、スペインは国力を落としていくのである。
これだけでも、イギリスの海賊力はスゴイと思うのだが、感動するのはまだ早いのである。海賊にも上には上が居て、爵位を貰って貴族の仲間入りをしただけでは飽き足らず、イギリス領となったジャマイカ島の副総督にまでのし上がった元海賊がいる。彼の名はヘンリー・モーガン(Henry Morgan、1635年―1688年)。

彼は何故海賊になり、また、ジャマイカ島代理総督になれたのか。貧乏で海賊になるしか生活方法がなかったから、ではなかった。

彼の生まれはかなり良く、イギリスの地方豪農の家庭である。それが何故か、カリブ海のバルバドス島に年季奉公に出されている。これは、何か怪しい?きっと、なにか本国に居られないような不祥事を起こし、一種の刑罰として、のバルバドス島に年季奉公に出されたのではないだろうか。ともかく、彼は年季奉公があけた後、ジャマイカ島に渡り、自ら海賊船に乗り込んでいる。船員から始めて、20代後半には船長になっていて、1963〜65年にスペイン領の各地を荒し回った私掠船団に参加。メキシコのカンペチェ、タバスコも彼によって攻撃されたようだ。

その後、めきめきと勢力拡大し、36隻の船隊を持つ、一大海賊企業家になっていった。そして、当時のイギリス国王チャールズ二世の「忠節、分別、勇気およびジャマイカ植民地における長い経験にふかい信頼をよせる」という言葉を賜り、ジャマイカ島の副総督に就任したのであった。この時代は、イギリスが後進小国から大英帝国へ変身する、転換期であったが、それを可能にしたのは、世襲による貴族階級ではなかった。むしろ、正規のルートでは決して貴族にはなれないので、私掠船海賊という裏道ルート、実力の世界で功績を挙げ、イギリス国の上層部に参入せんとした海賊力が大英帝国を創ったのではないだろうか。勿論、その裏道ルートを作り、海賊をイギリス紳士・ジェントルマンとして、公然と、そして、堂々と承認したエリザベス一世女王は只者ではない。彼女は生涯独身であったので、「バージン・クイーン」と言われたそうである。未婚、イコール、「バージン」かどうかは、読者の体験分析に委ねるが、彼女は、自分は誰とも結婚しない、何故なら、私の結婚相手はイギリスなのだから、言ったそうである。長き人類史上、国家と結婚した女性は、エリザベス一世女王だけではないだろうか。

その10へ、続く

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