パセラ メキシコ観光 株式会社 メキシコ観光
パセラ ホーム
> 連載・UNAM田中先生のメキシコ講座 > カリブ海 その12
パセラ コンテンツ
テーマで探す
  世界遺産の旅  
  ロマンチック・コロニアル都市  
  隠れ家ホテルで癒しの休日  
  スペイン語を学ぶ  
  メキシコでダイビング  
  ウェディング&ハネムーン  
  キューバでサルサ・レッスン  
  お祭りを見に行こう  
  さらなるテーマはこちら  
イベント・ツアー情報
  パセラのお勧め企画  
  モデルコース集  
行きたい場所から探す
メキシコ
  キューバ  
  グァテマラ  
  ホンジュラス  
  エルサルバドル  
  コスタリカ  
  パナマ  
  ドミニカ共和国  
  ベリーズ  
メキシコ観光について
  サイトマップ  
  会社概要  
  お問い合わせ  
AMIGOS-アミーゴーズ-
  リンク集  
  日本でメキシコを味わう!  
  採用情報  
  海外現地情報-よもやま話-  
  メールマガジン  
UNAM田中先生のメキシコ講座
COMO ESTA MEXICO

メキシコ 時刻
MEXICO
キューバ 時刻
CUBA
日本 時刻
JAPAN


 
1. ユカタン半島に移動するマングローブの林あり 2. メリダの謎、ベルサイユ風宮殿 ここにあり!
3.地球の聖地、モナルカ蝶のミチョアカン 4.メキシコ市内観光とテオティワカン
5.タイルの家の物語その1、その2 6.タイルの家の物語その3、その4
5.タイルの家の物語その5、その6 6.タイルの家の物語 最終章
 

カリブ海 その12

【 〜その12〜 】

我が家がクルーズで行ったカリブ海は、16世紀半から18世紀半まで、海賊黄金時代であった。始めは、イギリス海賊船が金銀を満載したスペイン宝物船を略奪していた。この海賊船は、エリザベス一世女王が出した敵国船略奪許可私掠船というもので、半官半民の海賊船であった。ところが、海賊黄金時代の後半になると、イギリスはカリブ海、北米に自分の植民地を持つ大英帝国に成長していき、植民地と本国を結ぶ商業船がカリブ海を往復するようになった。その上、スペイン中南米植民地の金銀産出が減り、カリブ海を通る宝物船も少なくなっていた。こうなると、敵国船略奪許可私掠船のイギリス海賊船はいらなくなり、海賊船に廃業を勧告した。

 そんな身勝手な事を言われて、海賊が黙っているわけがない。なにしろ、海賊黄金時代は200年もあったのだ。ほとんどの海賊はそれ以外の職業?に付いた事がないので、突然、政府当局から海賊業を辞めて、陸に上がり、畑でも耕しなさい、と命じられても出来る相談ではない。当然、海賊業続行となる。しかし今度は、独立行政法人ではなく、単なる泥棒の独立海賊企業としてである。純粋な海賊と成ったからには、略奪する船は、どこの国のものでも良く、本国イギリス船も狙われた。そうなると、イギリスも困る訳で、私掠許可国家政策を180度転換して、独立海賊企業を殲滅する作戦に出た。だが、しかし、海賊業続行は止む事がなかった。それは、ハイリスク・ハイリターンの海賊業の魅力であった。なにしろ、大型商業船を一艘略奪すれば、堅気の方々が一生の間に得る収入の、何倍もの利益があったからである。畑仕事など、今さらできる訳がないではないか。

 半官半民の海賊船が個人の独立企業となると、オーナー海賊船長も、他の海賊企業に有能な船員を採られまいとして、独自の海賊カラーを出すのに苦労したらしい。まずは、トップとして、船員が憧れる人物である必要がある。ファッションも見栄えのあるものでなければならない。以前に紹介したイケメン海賊「黒い男爵」の「真紅の宮廷用半ズボンに飾り帯、オーバーコートを羽織り、紅の羽を飾りつけた三角帽子をかぶり、肩には緋色の帯で拳銃を吊るし、ダイアモンドを散りばめた十字架を金チェーンで首から下げる」ファッションは、企業イメージ・アップに役立っただけでなく、社内でも、「内の親分、カッコイー」と憧れの目で見られたに違いない。

 しかし、オーナー海賊船長はイケメンばかりではなかった。「黒髭」という異名の海賊船長は、巨漢で、顔も体も厳つく、声も太くドスがきき、その窪んだ黒い目は、冷たく鋭かったそうだ。「黒髭」の由来は、長く編んだ髭に、色とりどりの布をつけ、戦闘時には点火した導火線を髪にからめて敵陣に飛び込んだという。ちなみに、「ピーター・パン」のフック船長、「宝島」の一本足の海賊ジョン・シルバーのモデルは彼であったようだ。とても女性が好むタイプとは思えないが、海賊仲間には人気があったらしく、彼はバハマ諸島のナッソーとカロライナの2箇所に拠点を持っていたが、ナッソーに住んでいる時、海賊共和国 (Privateers Republic)の行政長官に選ばれている。にわかには信じられないが、史実である。そこまでされては、大英帝国も彼の存在を無視できなくなったのであろう、超高額の懸賞を彼の首に賭け、必死の討伐に出た。彼の最期は壮絶であった。今では敵陣となった英国船に拿捕され、首を切り落とされ、船首に吊された、という。彼の胴体は海に投げ込まれたが、地元の言い伝えでは、今でも月夜の晩になると首を探しにさまようそうである。

 海賊黄金時代後期の反権力海賊船長の死は、どれも壮絶である。前号で紹介した、伝説の美貌の女海賊、アンとメアリーを部下に持ったジョン・ラカム、イケメン船長もその一人であった。彼は、オーナー海賊船長らしく、ファッションに気を配り、キャラコ(Calico、白木綿)の帽子や衣服を常用していたことから「キャラコ・ジャック」(JackはJohnの愛称)の名で呼ばれていた。海賊船上で白服を着こなすとは、オシャレも相当なものである。しかし、彼の船も拿捕され、ラカムは絞首刑、遺体は、砂浜でさらしものにされた。それは、海賊にあこがれる若者への見せしめのためだった。

 カリスマ海賊船長「キャラコ・ジャック」の処刑は、カリブ住民にショックをもたらしたが、次ぎに驚愕の事実が明かされた。最後まで、権力に抵抗し、勇敢に戦ったのが女性だったのである。勿論、美貌の女海賊、アンとメアリーの事である。彼女たちも、当然処刑される事になるのだが、自分たちは妊娠中であると裁判超に訴え、処刑は出産後ということになった。当時の法律で、堕胎は禁じられていて、妊婦を処刑すると、胎児堕胎になるので、処刑延期になったのである。その後の二人の運命は定かではないが、有力者の父を持つアンは、獄中から何処へか消え、メアリーは獄中で病死した、と伝えられている。

 メアリーの裁判にあたった判事が、美しい彼女を見て、喧騒絶えぬ海賊船生活、しかも、捕まれば吊るし首と決まっている海賊業を何故選んだのか?と尋ねると、彼女は「吊るし首なんて、別に怖くも何ともない。海賊業は勇気のある者にしか許されていない。自由もなく、一生みじめに生きて一体何が面白い?」と答えた記録が現存すると言う。黒髭の首を船首に吊したり、「キャラコ・ジャック」遺体をさらしものにしたのも、海賊に憧れる若者への権力側の威嚇であったが、このメアリーの海賊業自由宣言で、若者の海賊ロマンはさらに高まった事でありましょう。ヤッパリ、海賊はカッコイーのだ!

その13へ、続く

●個人情報のお取扱について
 
サイトマップ / 会社概要 / お問い合わせ・東京
Copyright (C) 2004 MEXICO KANKO. All Rights Reserved.