パセラ メキシコ観光 株式会社 メキシコ観光
パセラ ホーム
> 連載・UNAM田中先生のメキシコ講座 > カリブ海 その13
パセラ コンテンツ
テーマで探す
  世界遺産の旅  
  ロマンチック・コロニアル都市  
  隠れ家ホテルで癒しの休日  
  スペイン語を学ぶ  
  メキシコでダイビング  
  ウェディング&ハネムーン  
  キューバでサルサ・レッスン  
  お祭りを見に行こう  
  さらなるテーマはこちら  
イベント・ツアー情報
  パセラのお勧め企画  
  モデルコース集  
行きたい場所から探す
メキシコ
  キューバ  
  グァテマラ  
  ホンジュラス  
  エルサルバドル  
  コスタリカ  
  パナマ  
  ドミニカ共和国  
  ベリーズ  
メキシコ観光について
  サイトマップ  
  会社概要  
  お問い合わせ  
AMIGOS-アミーゴーズ-
  リンク集  
  日本でメキシコを味わう!  
  採用情報  
  海外現地情報-よもやま話-  
  メールマガジン  
UNAM田中先生のメキシコ講座
COMO ESTA MEXICO

メキシコ 時刻
MEXICO
キューバ 時刻
CUBA
日本 時刻
JAPAN


 
1. ユカタン半島に移動するマングローブの林あり 2. メリダの謎、ベルサイユ風宮殿 ここにあり!
3.地球の聖地、モナルカ蝶のミチョアカン 4.メキシコ市内観光とテオティワカン
5.タイルの家の物語その1、その2 6.タイルの家の物語その3、その4
5.タイルの家の物語その5、その6 6.タイルの家の物語 最終章
 

カリブ海 その13

【 〜その13〜 】

我が家のクルーズは、約7000もあると言うカリブ海諸島の内、比較的大きい島を三つ訪ねるコースである。マイアミを出航して、一つ目の島、プエルトリコを訪ね、そこから次なる島、セント・トーマス島、セント・マーチン島へと向かった。夕方、プエルトリコを出航、一晩かけてセント・トーマス島に到着する予定だという。夜間、船が揺れて寝むれないかも、と心配したが、この超巨大船はビクともせず、船室であることも忘れて熟眠してしまった。

そして、朝を迎え、狂乱の朝食の時が来た。クルーズの朝食風景は尋常とは思えない。まず、朝食に繰り出す人間の数が異常なのだ。このクルーズ船には5000人近い人間が乗っている。それが一斉に巨大船の食事専用のフロアに集合する。どのクルーズ船も、食事専用にひとつのフロアを設けていて、そこでは24時間、いつでも、好きな時に食事が出来るようになっているが、朝は皆同じ時間にお腹が空くので、5000人全員集合!と言う事になる。

我が家も決死の形相で、海側の席を確保し、バイキング・スタイルの食事へ向かって、イザ出陣!したが、料理の種類が多すぎて、どれを取ったら良いか解らず、船内をウロウロするのが常であった。朝食であるから、数種類のジュース、果物、サラダはもとより、イタリア料理、フランス料理、インド料理、ギリシャ料理、中国料理、時には日本料理まである。スイーツも豊富で、とても朝食メニューとは思えない豪華さであった。

この現状に直面し、代数普遍の定義が頭に浮かんだ。それは「AはBに等しい」と言う定義で、我が家の場合は「クルーズの一回の朝食メニューは、我が家の30年分の食事メニューに等しい」と言う事になる。

この30年分の料理が船首から船尾にかけて、ズラッと並んでいる。全てを漏れなく制覇すべく、船首から初めて、船尾に到達する意気込みで、朝食のスタートを切るのだが、道半ばで満腹。野望は達成されなかった。しかし、問題はそれだけではなかった。料理の採取に全神経を投入した為、我が家族の席場所をいつも忘却してしまうのだ。こんもり盛った大皿を抱えて、船内を彷徨するのが朝の日課になっていた。やっと家族と再会して、大海原の流れを見ながらの朝食は、この世のものとは思えない(ウットリ・・・・・)。

それにしても、船内がやたらと騒々しい、と周りをみると、小さい子供連れの家族が実に多い。カリブ・クルーズはファミリークルーズでもあるらしい。だが、それだけではない。少年ばかりのクループもあり、こちらは朝食にまでラジカセを持ち込み、ラップを聞きながらハンバーグを食べている。どうやら、アメリカからの男子中学修学旅行の御一行のようである。

カリブ海は確かにアメリカに近いが、中学の修学旅行がクルーズとは、贅沢なものである。一方、約半世紀前、私も中学生だったが、学校で行った旅行は、世界的観光地、江ノ島であった。その頃は東京に住んでいたので、東京から近い「江ノ島、江ノ島海岸、江ノ島遊覧船」は、カリブ・クルーズに劣らぬ人気を博していた。思い起こせば、私のクルーズ体験は中学の時から始まっていたのだ。

昔を懐かしんでいる内に、動けないほどの満腹状態となったので、甲板に出て、歩くことにした。すると、美少女モデル集団の写真撮影に出くわした、と思いきや、これは女子中学修学旅行御一行で、お別れの記念撮影の最中であった。どの女子も色っぽく、金髪を肩までたらし、大きな青い目を輝かして、白い歯で笑っている。それは輝くばかりの美しさであった。スリムな体型は、私の半分、足の長さは、私の2倍もあるのだ。日本に行けば、全員モデルになれる事だろう。

その美少女モデル集団が突然、「きゃー!」と叫んで、船首へ向かって走り出した。その方向に目をやると、緑の小さな島が現れていた。やっと、セント・トーマス島に着いたのである。この小島は入り江が多く、星のような形をしている。島の先端の椰子の木が、トロピカルの風と光で輝き揺れている。まさにカリブ海に浮かぶ宝石なのである。

胸をときめかして下船すると、「ウエルカム、ウエルカム」と言って多数の観光ガイドが迎えてくれたが、どの人を見てもアフリカ系で、この島がカリブ海にある事に疑問を感じさせる光景であった。ひょっとすると、私たちが寝ている間に、クルーズ船は方向を間違え、カリブ海を通り越し、大西洋を横切り、アフリカ海岸の小島に漂着したのではなかろうか。なぜなら、どこを見ても全員アフリカ系で、カリブのインディオ系の人が全く居ないのである。

カリブのインディオはどこへ消えてしまったのであろうか。民族大移動でアメリカへでも行ってしまったのだろうか。しかし、彼らはどこへも行っていなかった。自分の小島で、ほぼ全員、死滅したのであった。その原因は、西欧人、金、伝染病であったと言う。

その14へ、続く

●個人情報のお取扱について
 
サイトマップ / 会社概要 / お問い合わせ・東京
Copyright (C) 2004 MEXICO KANKO. All Rights Reserved.