パセラ メキシコ観光 株式会社 メキシコ観光
パセラ ホーム
> UNAM田中先生のメキシコ講座 > カリブ海 その16
パセラ コンテンツ
テーマで探す
  世界遺産の旅  
  ロマンチック・コロニアル都市  
  隠れ家ホテルで癒しの休日  
  スペイン語を学ぶ  
  メキシコでダイビング  
  ウェディング&ハネムーン  
  キューバでサルサ・レッスン  
  お祭りを見に行こう  
  さらなるテーマはこちら  
イベント・ツアー情報
  パセラのお勧め企画  
  モデルコース集  
行きたい場所から探す
メキシコ
  キューバ  
  グァテマラ  
  ホンジュラス  
  エルサルバドル  
  コスタリカ  
  パナマ  
  ドミニカ共和国  
  ベリーズ  
メキシコ観光について
  サイトマップ  
  会社概要  
  お問い合わせ  
AMIGOS-アミーゴーズ-
  リンク集  
  日本でメキシコを味わう!  
  採用情報  
  海外現地情報-よもやま話-  
  メールマガジン  
UNAM田中先生のメキシコ講座
COMO ESTA MEXICO

メキシコ 時刻
MEXICO
キューバ 時刻
CUBA
日本 時刻
JAPAN


 
1. ユカタン半島に移動するマングローブの林あり 2. メリダの謎、ベルサイユ風宮殿 ここにあり!
3.地球の聖地、モナルカ蝶のミチョアカン 4.メキシコ市内観光とテオティワカン
5.タイルの家の物語その1、その2 6.タイルの家の物語その3、その4
5.タイルの家の物語その5、その6 6.タイルの家の物語 最終章
 

カリブ海 その16

【 〜その16〜 】

クルーズ船のディナーは、華やかで心ウキウキであるが、ダイヤモンド免税店で名高いセント・トーマス島、セント・マーチン島のディナーは、一段と輝いていた。婦人連が皆、買ったばかりのダイヤをちりばめて登場したからである。私たちのテーブルも免税ダイヤモンドで話題沸騰。戦勝品を見せ合って、感激を新たにしていた。私が一つもダイヤを買わなかったと言うと、「ウッソー?!(このバカ!)」と声には出さず、顔に出して不思議がられてしまった。

彼女たちが言うには、カリブ島の免税ダイヤは普通の3分の1の値段だそうで、超特価目玉商品ともなると、5分の1以下の値段だそうである。その目玉商品のブレスレッドを見せてもらったが、確かに、純金の品の良いチェーンにダイヤの粒がぎっしりと並んでいて、お値段の方は3万6千円だそうである。ダイヤも澄んだ輝きをしていて、私は感動のあまり、「綺麗なダイヤね!ガラス玉みたい!」と言ったところ、主人は椅子から転げ落ちそうになり、娘は笑い転げ、テーブルの婦人連は超シラケタ模様であった。

私の発言は悪意からではなく、本当にダイヤもガラス玉も見分けが付かないからである。それは、私の生活がダイヤとは無縁の教師業で、いつも黒板に張り付いているので、手も服もチョークで白まみれ、最近はホワイトボードが多いので、マーカーで黒まみれになっている、これでは、ダイヤどころではない、ではないか!。それでも、ここはメキシコなので、夜のパーティーがあり、ダイヤモンドの出番になるのだが、こちらの方は、主人の生活スタイルのせいで、参加不可なのである。メキシコの夜のパーティーは8時頃からダラダラ始まり、夕食が10時頃、深夜近くにダンスで盛り上がり、終了は早朝3時頃である。ところが、主人の毎日は朝5時起床、ランニングをして、朝食、大学の研究所に7時到着だそうである。「そうである」と伝聞調なのは、主人の報告によるものなので、妻の私は目撃した事がないからである。なぜなら、早起きは私の体調に悪いので、朝は起きない事にしているからなのだ。「早起きは、三文の損」が、我がモットーである。

主人の生活スタイルが、こうなったのには訳がある。彼は幼稚園から高校まで男子ミッション・スクールで、そこの先生のほとんどがアメリカ人神父であった。そのせいか、学校はアメリカン・フットボールに全力を傾け、メキシコの優勝校であったという。コーチもアメリカ人神父で、主人は熱心なコーチのチームで、クオーター・バックをしていたそうだ。年に一度、カナダ、アメリカ、メキシコのパン・アメリカ優勝戦でアメリカへ行くので、この熱心なコーチは早朝5時起床、早朝トレーニング、夜10時就寝を全選手に命じ、厳格に実行させたので、パン・アメリカ戦でも優勝できたと言う。それ以来、40年以上過ぎた今日でも、主人は「早朝5時起床、早朝トレーニング、夜10時就寝」を継続している。そのせいで、夕食が10時、早朝3時終了のメキシコの夜パーティーには不参加を表明せざるをえないのである。このような状況では、ダイヤが格安だと言われても、買う理由がないではないか!

ダイヤと無縁な不幸な私の身の上話で、つい興奮してしまったが、気を落ち着かせて、セント・トーマス島、セント・マーチン島に戻るとしよう。今ではクルーズ観光ダイヤモンド免税店で賑わっている島だが、こうなるまでには不運な歴史を経なければならなかった。1492年にコロンブスに「黄金の島、ジパング日本」と間違われて「発見」?されてから、カリブ原住民は金鉱工夫として酷使され、その多くが死亡、その上に伝染病天然痘でカリブ原住民は壊滅してしまった。金鉱も掘りつくし、金鉱工夫も死亡すると、征服者スペイン人は新たな金鉱を求めて、サッサと島を出て行った。

その空いた島めがけて、今度は当時の後進国、西ヨーロッパ諸国が占領に乗り出した。イギリス、フランス、オランダ、デンマークなどなど、である。そして彼らは熱帯で働ける労働力として、アフリカから奴隷を「購入」したのであった。現在のカリブ諸島住民はアフリカ奴隷の子孫なのであった。アメリカ新大統領のファースト・レディーもアフリカ奴隷の子孫と聞くが、当時の誰がこのファースト・レディー誕生を予言できたであろうか。歴史の転換は、現在の状況が普遍ではない事を教えてくれるものである。

現代史では、奴隷と言えば、アフリカ奴隷を指すが、中世ヨーロッパ史で奴隷と言えば、白人奴隷が常識であった。これが史実である事は、「奴隷」の語源を見れば納得がいく。スペイン語で「奴隷」は"Esclavo",英語では"Slave"である。つまり、スラブ、スラブ人を意味している。スラブ地方は現在のロシア、ポーランド、チェコなどになるが、この地方の超美白の美少女と美少年が白人奴隷として売られていたのである。売られた先はイスラム帝国圏、今日のアラブ諸国からアフリカ北部に広がる大帝国が購買主であった。

カリブ諸島にはアフリカから奴隷が来たが、それ以前の中世の世界では白人奴隷がヨーロッパからアフリカへ売られて行ったのであった。

その17へ、続く

●個人情報のお取扱について
 
サイトマップ / 会社概要 / お問い合わせ・東京
Copyright (C) 2004 MEXICO KANKO. All Rights Reserved.