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カリブ海 その18

【 〜その18〜 】

前号で、オスマントルコ帝国の旧首都イスタンブールにあるスレイマン大帝と最愛の妻ヒュッレム(本名はロクセラーナ、つまりロシア人でハーレムの白人奴隷)の墓廟を訪ねたと書いたが、生前の住まいはトプカプ宮殿であった。1478年に一応完成し,以来,1857年に至るまでスルタンの居城たり続けたこの宮殿は,4世紀近くにわたり,帝国の中心中の中心であった。我が家のトルコ旅行の時に、このトプカプ宮殿へ行ったが、丘の上にある宮殿からは、右に黒海、左に地中海が見渡された。旧首都イスタンブールのこの宮殿は、「ヨーロッパとアジアが交わる所」と言われるだけあって、地球の中心に居るような気分になる。

それもその筈で、オスマントルコ帝国(1299年〜1923年)は600年以上もの期間、現在のトルコを中心として領土を拡大しながら繁栄した大帝国なのである。このオスマントルコにより1000年以上続いたビザンティン帝国、つまりキリスト教東ローマ帝国(395年―1453年)は滅ぼされ、イスラム教化された。かつての首都コンスタンチノープルもイスタンブールと名称を変更され、オスマントルコ帝国の首都となったのであった。この長いオスマントルコ帝国の歴史で、スレイマン1世大帝の頃オスマントルコ帝国の権力と領土はほぼ最大になったのだが、その最愛の妻が、例のロシア人ヒュッレムで、スレイマン1世大帝は正妻を無視して、ハーレムの白人奴隷の彼女を、奴隷の身分から解放し、皇后にするという異例の人事を行った。

これほど劇的な歴史があるにもかかわらず、ロシア人ヒュッレム皇后については、あまり知られていないのである。1000人も居るハーレム美女軍団から選ばれたのだから、さぞや、飛びぬけた美貌の持ち主、また、聡明な女性だったに違いないが、その記録が見当たらない。エジプトのクレオパトラの記録は山とあるのに、何故、ヒュッレム皇后については、不可解にも、何もないのであろうか。実は、不可解なのはこの皇后の歴史だけではない。ハーレムについての明確な記述もあまりないのである。そこで、私はトプカプ宮殿訪問の際、この謎解明の為、「ハーレム」に入場する決意をした。「ハーレム」とは、「禁じられた場所」と言う意味であり、スルタン、つまり、オスマントルコ帝国の皇帝意外は入れない場所なのである。女性がハーレム美女軍団専用の「入り口」から一度内部に入ったが最後、死んでも出てこられない所なのである。

ところが、信じてもらえないかも知れないが、私は入場しなかったのである。ハーレム美女軍団の一員と間違われる危険を感じたから、でもなく、「ブス、お断り」の看板があったからでもない。私の入場を拒んだのは、「ハーレム入場、4時間待ち」という看板であった。トプカプ宮殿のハイライトは、勿論「ハーレム」である。入り口から長蛇の列は続き、トルコ国境に及ぶ勢いであった。それに、夏休みに行ったので、炎天下の「4時間待ち」は生命の危険を感じさせるものがあった。アッサリあきらめて、ドイツへ帰ったが、今となっては、悔やまれる。日本からも遠いトルコだが、このメキシコからは地球の裏側で、「ハーレム」見学に行くのは無理である。それに、昨今はテロ、爆弾騒ぎがあって、物騒になってしまった。

そこで、仕方なく、「ハーレム入場、4時間待ち」にもめげず、入場をはたした友人にハーレム内部の様子を聞くと、高い天井のある広い部屋がいくつもあり、室内は思ったより明るく、高窓から海が見渡せたそうである。驚いたのは、全ての窓、高窓、天井近くにある小窓まで、頑丈な鉄格子がはめられていて、まるで明るい牢獄のようであった、と言うのである。ハリウッド映画のハーレムのシーンに鉄格子はなかったと記憶するのだが、やはり、ハーレム美女軍団の実態は謎に包まれたままである。

それに美女軍団の人数、1000人というのも異常ではないか。スルタンという男性一人に1000人も美人女性が必要であろうか。一年はトルコでも、365日である。一晩3人をアテンドしないと、1000人はこなせない。いくら女好きのスルタンでも、これは激務であったにちがいない。それも後継者生産の為、お国の為に励んだのかもしれないが、子孫繁栄なら、2,3人の美人女性で事は済んだ筈である。しかし、スラブからの白人美少女奴隷の商品輸出は数百年続いたのだから、1000人ぐらいは本当に居たのかもしれない。

ハーレムの存在の意味が子孫繁栄だけではないとしたら、どんな必要があったのだろか。思いつくのは、「ストレス解消、自宅キャバレー」説である。オスマントルコ大帝国の皇帝スルタンの責任は重く、ストレスも並みのものではない。そこで、キャバレーでも行って、美女と戯れ、ストレス解消をしたいのだが、皇帝であるが為に、警備上の問題で一般キャバレーには行けない。そこで思いついたのが、自宅キャバレーである。お客はスルタン一人なのだから、もてる事に間違いはない。スルタンがいつもご機嫌である事は、臣下の平和、国の平和である。

それとも、成功した男性の夢の現実化なのであろうか。子供を産まない男性は、出世をして、後世に子供の代わりに名を残そうとする、そうである。まずは、金を儲け、権力を手に入れ、それで名声を獲得し、最後に「女」の数で自分の成功を確認する傾向がある、と聞いたことがある。ハーレムの女性数は成功者スルタンの自己確認だったのだろうか。男の心ほど不可解なものはない、と思うのは私一人でありましょうか。


その19へ、続く

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