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5.タイルの家の物語その1、その2 6.タイルの家の物語その3、その4
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カリブ海 その19

【 〜その19〜 】

前号で、不可解なハーレムの存在意義について、解明を試みたが、やはり良く解らなかった。権力者の後継者生産と言う理由なら、日本の徳川時代にも大奥があり、次期将軍の生産、育成の任務を負っていたが、生産の任務役の女性は数人であったようだ。ところが、オスマントルコ大帝国のそれは1000人であるという。とても尋常とは思えない。しかし、上には上があるもので、お隣の中国の後宮には皇帝一人にその手の女性が3000人も居たと言う。

中国も一年は365日なので、単純計算しても、皇帝は一晩に10人ほどの女性をアテンドしなければならない計算になる。これはサービス残業もビックリ!の超過夜間勤務となり、過労死の危険さえ心配される。翌日の国家政務の遂行どころではないのである。もし、後宮3000人の存在意義が次世代皇帝再生産だとしたら、子供の数は一人っ子政策でも3000人、当時はそんな政策はなかったので、次世代皇帝用乳幼児群は6000人ぐらいと言う事になる。その赤ん坊が一斉に泣き出したら、巨大騒音となり、空飛ぶ北京ダックも墜落してしまうではないか。それに子供が成長して、三輪車を乗り回す頃は、宮殿中が交通渋滞、夜間は放置三輪車で中国皇帝が後宮に入場出来なってしまう恐れがある。

そこで、この謎を解明すべく、私は北京へと飛んだ。目指すは「紫禁城」である。この紫禁城は、約500年の間、明・清代の歴代皇帝24人の居城となった所で、「紫禁城」の「紫」は、北極星を中心とした星座、紫微垣の「紫」に由来する。つまり、全ての星が北極星を中心に動くので、全ての臣民が中国皇帝を中心に動くという象徴的な意味がある。紫禁城は、禁断の皇宮という意味であり、語源的に言ってもハーレムと同じである。

北京へ着いて「紫禁城」の大きく高い正門をくぐると、石ばかりの広場に出た。木が一本ない広い敷地に宮殿が次々と現れる。この「紫禁城」地区は頑丈な石塀で囲まれていて、その一番奥に「美女3000人」と言われた後宮があるという。胸をときめかせて後宮の入り口に立ち、私は見た!!!殺風景な壁、また壁の世界。その壁は異様に高く、黒ずんだ赤色で塗られていた。窓一つない壁ばかりの道を行くと、刑務所の外壁を歩いているような錯覚におそわれる。これが優雅で、華やかな帝国中国の後宮なのだろうか?壁に沿って歩いて行くと、所々に狭くて、人が一人やっと入れる通路があった。そこから壁の内側に入ると、後宮の住まいの入り口が見えてきた。住居は小さな部屋に仕切られていて、閉店後の料亭のように閑散としていた。以前は後宮3000人で賑わった面影はどこにもなかった。

ところで、当時の彼女達は「纏足」をしていたから、歩行がやっとで、走る事もできなかった筈である。「纏足」というのは、幼児の時から足先をきつく布で巻き、足指の発達を止めてしまうので、彼女達の足先は小さく、自分の体重を支える事もできないほどである。この「纏足」と高い壁で、後宮女性3000人の脱走を防いだのであろうか。ハーレム、後宮という言葉には、エキゾチック、ファンタジックな響きがあるが、実態を眼前にすると、それが幻影であった事が解り、目眩を覚えるほどである。

だが、しかし、現在のアラビア社会には、男性に夢を与える世界が、まだあるのだ。それは、「アラビアでは奥さんを4人まで持てる」という話しだが、こちらの方は、どうやら、幻影ではないらしい。私の大学の先生が、サウジアラビアで、これが本当であった事を確かめている。この先生はアラビアの知人宅に招かれ、家族を紹介されたが、確かに奥さんは4人居たと言う。彼女達は他人男性に顔を見せないので、家の壁に向かって座っていたが、その後ろ姿を見て、先生は驚いたそうである。なぜなら、知人と同年の女性は一人だけで、あとの3人は、どう見ても、知人の母親か、祖母の年齢なのである。知人に恐る恐るその訳を尋ねると、彼女達は、親類の叔父さん達の未亡人であると言う。

その昔、アラビアは中継交易で栄えていた。時々、ドキュメンタリーでアラビアの駱駝の商隊が砂漠を行くシーンを見るが、この道程は危険極まりないもので、天候も厳しく、駱駝の高級積荷を狙う盗賊に、いつ襲われるかも解らず、病気になっても砂漠に病院はなく、死亡率は高かったのであろう。この商隊で夫を失った未亡人には生命保険が支給される筈もなく、妻子共々、翌日から路頭に迷うのであった。そこで、親族のうち、経済力のある男性が、自分の妻として未亡人を引き取り、生涯面倒をみる社会システムが出来上がり、今日に至るそうである。「年寄り女はイヤ、ブスはダメ」などの寝言は許されない。これはアラブの厳しい掟なのである。「アラビアでは奥さんを4人まで持てる」ではなく、未亡人救済保険として、「奥さんを4人まで持たなければならない」が正解なのであった。

やはり、現実社会にファンタジーはないのでありましょうか。


その20へ、続く

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